マラソン

今回は、練習ほぼゼロで大阪マラソンを走り切った話をします

去年の大阪マラソンは、家のリノベーション作業と並行しながらなんとか練習して、4時間50分で完走しました。 それに比べて今年は、引っ越し後の片付けや色々な作業に追われて、本当に全く練習ができませんでした。駅まで500メートル小走りするくらいが関の山です。

そんな状態なのに、なぜ出場したのか。 理由は、社内報に間違えて「4時間切りを目指します」と書いてしまい、引っ込みがつかなくなったからです(笑)。

あとは、全く練習していない人間の基礎能力だけで42キロを走ったらどうなるのか、自分を試してみたいという無茶な気持ちもありました。

15キロで心が折れて、20キロでロキソニン

結果から言うと、今年のタイムは5時間7分でした。めちゃくちゃしんどかったです。

当日は暑くて、日向と日陰の寒暖差にやられました。前日に食べた麻婆豆腐でお腹を壊していた疑惑もあり、コンディションは最悪です。荷物を預けるのが面倒で、走る服装のまま行って手ぶらで走ったのですが、エイド(給水所)でお菓子を食べすぎてお腹がチャプチャプになりました。

走ってみると、10キロの時点で早くも足が痛くなって焦り始め、15キロで完全に心が折れました。20キロ地点で表示が2時間半になっているのを見たときは、もう発狂しそうでした。そこからはウエストポーチに忍ばせておいたロキソニンを投与して、ひたすら我慢の時間です。

よく「30キロの壁」と言いますけど、本当に30キロ前後が一番しんどくて、走っても走っても距離が全然増えない感じがします。ただ、そこを気力で抜けると、あとはもう意地だけで進むしかなくなります。

知人の前だけ「余裕ごっこ」を演じる

年中走っている真面目なランナーほど、みんなどこかしら故障している気がします。その点、私は練習を全くしていないので、変な怪我だけはしていないというのが唯一の強みでした。それでも、痛みで姿勢が崩れると一気にガタがくるので、正しい姿勢を維持することだけを意識して走りました。

道中、沿道に知人を見つけたときは、さすがにしんどい姿を見せたくなくて、一瞬だけペースを上げて「まだ余裕ですけど」という顔をしてやせ我慢を演じました。知人が見えなくなったらすぐに何回も歩きました。

頼りになる5歳の相棒と、妻の応援

そんなボロボロの私を支えてくれたのが、妻と5歳の息子の応援でした。

大阪市域に住んでいたこともあって、息子は地下鉄の路線図を覚えるのが大好きな空間把握の得意な男の子です。今回は、息子が自分で1日乗車券の経路を決めて、地下鉄を乗り継ぎながら実に6箇所も先回りして応援してくれました。

天神橋筋六丁目から淀屋橋、桜川でたこ焼き休憩を挟んで、谷町四丁目、そしてゴールの大阪ビジネスパークへ。路線図の下敷きを片手に移動する姿は、本当に頼りになる相棒でした。

しんどくて死にそうなときに、元気いっぱいの大きな声で「父ちゃん!」と呼んでくれる息子の姿や、いつもより少し可愛く見える妻の顔を見せられると、やっぱり力になります。

感動よりも「解放」

ゴールした瞬間は、感動というよりも「やっと終わらされた……」という解放感しかありませんでした。

本当は一人で寂しく帰るつもりだったのですが、走り終わったらやっぱり嬉しくなって妻に連絡しました。息子は去年と同じく、大阪城公園の遊具でいつも通り元気に遊んでいました。

私はというと、寄り道する気力なんて1ミリも残っていなかったので、最短距離で駅まで歩き抜けて帰りました。その後は1週間ほど足が腫れ続け、階段の昇り降りが激痛でしたが、エレベーターをフル活用してなんとか会社を乗り切りました。

「練習できていないから無理」と諦めてしまうのは簡単ですけど、形にこだわらず、今の自分のままで突っ込んでみたら、意外と気力でたどり着けるもんだなと思いました。もちろん、練習は絶対にしたほうがいいです。

今回はこのあたりで。 今日も楽しみましょう。